福島地方裁判所 昭和33年(わ)134号 判決 1959年4月28日
被告人 浅野安雄
昭七・一二・一一生 農業
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
未決勾留日数中百六十日を右本刑に算入する。
訴訟費用中福島簡易裁判所が弁護人平山三喜夫に支給した分は被告人の負担とする
本件公訴事実中Aに対する強姦致傷の点について被告人は無罪。
理由
(罪となる事実)
被告人は、
第一、法定の除外事由がないのに、昭和三十三年十月五日午後十時三十分頃福島県信夫郡飯坂町東堀切附近路上において、あいくち一振(証第一号)を所持し
第二、同月十二日午後十一時三十分頃同県伊達郡桑折町字桑島四十九の四番地小国蚕糸工業株式会社正門附近広場において、嶋原利吉所有の現金約三千円を窃取し
たものである。
(証拠の標目・累犯となる前科)<省略>
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人の判示所為中第一の銃砲刀剣類等所持取締法違反の点は同法第三十一条第一号第三条第一項に、第二の窃盗の点は刑法第二百三十五条にそれぞれ該当するところ、右銃砲刀剣類等所持取締法違反の点については所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前示前科があるので、同法第五十九条、第五十六条第一項、第五十七条により累犯加重をし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条、第十条に従いその最も重い窃盗罪の刑につき同法第十四条の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法第二十一条に従つて未決勾留日数中百六十日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則りその一部(福島簡易裁判所が弁護人平山三喜夫に支給した分)を被告人に負担させることにする。
(本件公訴事実中無罪部分の説明)
本件公訴事実中強姦致傷の点は、
被告人は昭和三十三年十月十二日午後九時頃伊達郡桑折町字西町十二番地福原政夫方前附近路上において、通行中のA(当十六年)を認め劣情を催し同女を強姦しようと決意し、矢庭に同女の手首を掴んで前記同町字西町十一番地高梨寅吉方物置内に拉致した上、その場に押倒す等の暴行を加えて同女の反抗を抑圧し、馬乗りとなり強いて姦淫したが、その際同女に対し全治数日間を要する処女膜裂傷の傷害を与えたものである。
というのである。
右公訴事実に副う証拠としては、証人Aに対する当裁判所の昭和三十三年十二月十二日附尋問調書、証人笠間ユキに対する当裁判所の尋問調書証人斉藤礼子、同宍戸洋子、同伊藤多市の当公廷における各供述があるが、証人笠間ユキの尋問調書はAの処女膜には裂傷があるが、その裂傷を生じた時間的関係は不明というに帰し右Aの尋問調書及び右笠間の尋問調書を除く他の証拠は、結局Aが昭和三十三年十月十二日の午後九時すぎ小国蚕糸の寮に泣きながら帰つて来て、被告人らしい男に高梨方の木小屋に連れ込まれ、衣服などを脱がされていたずらされたという趣旨のことを話したのを聞知したということを主な内容としているのであり、従つて右Aの尋問調書は、公訴事実の成否を左右する最も重要な証拠である。そこで以下に同調書の信憑性について検討するに
(1) 証人Aは、昭和三十四年三月十八日に施行された当裁判所の第二回目の尋問に対し、裁判所の第一回目の尋問の際には被告人から高梨方木小屋に連れ込まれ、無理矢理肉体関係をさせられた旨述べたことは全部嘘で、実際はそのような事実はなかつたと供述しており(証人Aに対する昭和三十四年三月二十八日附尋問調書)、そうして、Aが昭和三十三年十月十二日夜、何故存在しない虚構の事実を斉藤礼子に話するようになつたかについて、当日は月経期間中であつて比較的昂奮し易い精神状態にあつたこと、福原政夫方前路上で被告人に腕を掴まれ、翌日の七時半まで小学校に来るようにと言われたので、行く、と答えると腕を放してくれ、それからすぐに帰寮して斉藤礼子の部屋に入つてゆくと、同人が、「どこかに連れてゆかれてやられたのではないか」という趣旨の質問をしたので、口から出まかせに、深い考えもなくそうだ、と返答してしまつたことを供述するにとどまるが、他方、従来の虚構の事実の供述をひるがえして、真実を供述しようと決意するに至つたと称する動機については、Aは昭和三十三年七月頃から創価学会に入会していたが、同会は正直ということを戒律の一としているので、その教えに従つて真面目な人間になるためにも真実を供述しようという気になり、すでに職場の同僚であり、信仰仲間である清野ミサオに対しては、真実を打明けている旨供述しており、以上の供述部分と当公判廷における証人清野ミサオの供述とは一部符合する部分が存するのみならず右Aの第一回目の供述は尋問調書自体に徴し明かである如く著しく精彩を欠いでいることは否定できないところであつて、これと証人清野ミサオ同宍戸洋子の証言により窺い得るAの性格を併せ考えると十二月十二日附尋問調書はそのままでは証拠とすることは出来ない。
(2) 反面昭和三十三年十二月十二日附尋問調書におけるAの供述には客観的な裏附が極めて乏しい。すなわち、Aが姦淫されたと供述する高梨方木小屋の犯行当夜の状況は、リヤカアとランプ箱とで空間が著しく狭少になつており(当裁判所の昭和三十四年一月十日附検証調書および同調書添附の図面・写真)、Aが述べているような方法での姦淫行為は不可能ではないとしても困難な状況にあつたと認められるし、木小屋の土間には犯行を推測することの出来る痕跡が存していた筈であるのにこれが実況見分についての証拠は提出されていない。又土間の状況からして被害者着用の衣類には相当の土砂の附着が認められねばならないと考えられるにも拘らずこれを現認した証人は全然ないし、衣類に精液の附着等姦淫行為があつたものと推認される資料となるべきものもない。又被害者に処女膜裂傷が存する事実も被害者が第二回目の証人尋問に際し以前に異性との肉体関係があつたとも供述しているから姦淫行為が存在したものと断定は出来ない。
以上の諸点を較量すれば結局検察官申請の証拠を以てしては未だ本件公訴事実を認めるに足りない。
従つて右公訴事実の犯罪はその証明が充分でないというべきであるから、刑事訴訟法第三百三十六条によりこの点につき無罪の言渡をする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 菅野保之 松浦豊久 逢坂修造)